イタリア日記1
2月27日

ミュージシャンの石橋英子さんのライブツアーにくっついて、イタリア旅行をしてきた。
27日の朝、石橋さんと新宿駅の南口で待ち合わせ。10:08の成田エクスプレスで、成田空港へ向かう。電車の中で、親から借りた新品デジカメの電池を忘れたことに気がつく。せっかく持ってきたカメラ、ただの無用の黒い箱になってしまった。
チェックインし、携帯電話をレンタルしたり、お金をユーロに両替したり、いろいろ用事を済ませる。旅行前に、日本らしい食べ物を食べておこう、ということになり、空港内の「そじ坊」で、たぬき蕎麦と寿司のセットを食べた。出発の時間が近づいてきたので、荷物検査などして、搭乗口へ。卒業旅行に向かうらしい、学生さんでいっぱいだった。
機内で見た映画は「ウォーリー」と「レッドクリフ」。飛行時間12時間半だったけど、けっこう眠れたのでそんなに長く感じなかった。

ミラノ・マルペンサ空港で、サックス奏者、Gianni Gebbiaと待ち合わせ。
その人物こそ、今回のツアーを組んだ張本人であり、これから石橋さんと毎夜セッション演奏をすることになっているサックス奏者であり、そして私たちとこの先の十日間あまりの旅路をともにするイタリア人男性であるという。
だが、ジャンニさん、どこにも見当たらない。何回も電話をかけるが、出ない。レンタルした海外携帯電話のかけかたが間違っているのか、それとも、まさか今日に限ってジャンニさん、携帯忘れたとか!?
『空港第二ターミナル』に探しに行ってみよう、という話になり、「その前にもう一度、出口付近をざっと見回してみよう」と元いた場所に戻った途端、石橋さんが「ジャンニ~!」と、大声で名前を呼んだ。黒い巻き髪、高い鼻、そして青いサックスのケースを背負ったジャンニが、そこにいた。
ジャンニと石橋さん、ハグして、頬を片方ずつ触れ合わせて挨拶している。イタリア人とはああして挨拶するんだ。私も見よう見まねで、同じようにした。
ジャンニ、本当に携帯をなくしてしまったのだと言う。空港職員に荷物を乱暴に扱われたどさくさで、落としてしまったらしい。もうちょっとタイミングが悪くて、互いが移動してしまっていたら、私たちは永遠に会えなかったのだ。

空港を出て、車に乗った。車はレンタルしたという、シルバーのかっこいいFIATだった。前の席に乗った石橋さんとジャンニが英語でしゃべっているのを聞いているうちに、少し眠ってしまった。

車はミラノから北へ向かっていた。ベローナの付近のパーキングで、ちょっとだけ降りて、飲物や食べ物を買った。あたりはもうすっかり暗くなっていて、夜闇の中に、たまにライトアップされた城や教会が浮かび上がる。湖が見える。だんだん、風景が山がちになってゆく。ジャンニは教会や城についていちいち丁寧に説明してくれた。「明るかったらもっといろんな史跡が見えて楽しいと思う」とジャンニ。

三人で、本や映画の話をした。ジャンニは驚くほど日本の文化に詳しい。彼は以前日本に住んでいたそうで、そのとき禅寺に泊まりこんで修行をした経験があるという。「僕の禅・マスターは、瀬戸内寂聴と友達だよ」と言うので、なんとなく可笑しかった。
私が、「イタリアの映画なら、フェリーニが好き。81/2、サテリコン、」というと、石橋さんが「それから『道』ね。道はイタリア語でなんていうの?」とたずねた。ジャンニが「ラストラ~ダ!」と言った。La Strada、うつくしい響き。


また眠ってしまっていて、目覚めたら、石畳の凹凸で車が揺れていた。小さな町に入ったらしい。そこは、イタリアの最北部にある、ボルザノという町だということだった。私は事前に何も知らぬままやってきてしまったのだが、聞けば、ここで一泊するという。
ジャンニいわく、ボルザノはイタリアとドイツの境界近くにある町で、二カ国語が半々で使われているらしい。見ると、たしかに店の看板も、イタリア語らしきものと、ドイツ語らしきのと、二種類ある。道路標識もどうやらニカ国語で書かれているようだ。

車は、ジャンニの予約しておいてくれたホテルの前で止まった。
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もう深夜12時近くで、ホテルの入り口は閉まっていた。だが、呼び鈴を押すとドアが開いて、何の問題もなくチェックインできた。部屋番号は108と言われるが、探せども、見つからない。受付係の人が助けにきてくれて、突き当りの何の表示もないドアを開けると、108、109と書かれた二つのドアが現れたから、笑った。「からくり屋敷みたいだ、わからないはずだ!」と言いながら、部屋に入って、一息ついた。青いシーツのかかったベッドがふたつ並んでいる、かなり広い部屋だった。たしか二人で30ユーロくらいで、すごく安かったと思う。

煙草を吸いに外に出たら、賛美歌が聞こえてきた。見ると、十数人の集団が、目の前の高い塔がある教会めざして、歌いながら歩いてゆく。それにしても、なんと賛美歌の似合う、なんと静かで荘厳な雰囲気の町だろう。「大阪の『なんば』じゃ、こうはいかないね。さすがにヨーロッパだね」と、石橋さん、変な感心のしかたをしていた。

部屋に戻って、お風呂に入った。タオルを持ってきていないので、それらしき物がホテルにないか探したら、部屋の隅の椅子に無造作に置かれた白い布を発見。でも、バスタオルにしては固すぎる気がして、「もしかしてシーツかも」と一瞬躊躇したが、とりあえずその布で頭を拭いて、寝た。


2月28日
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朝、ボルザノの町をちょっと散歩した。緑、ピンク、クリーム色、といったかわいらしい色の壁が並ぶ。天気が良く、空が青い。本屋さんで、石橋さんが赤いノートの三冊セットを買って、一冊私にくれた。ホテルの一階のカフェで、朝ご飯を食べた。クロワッサンとコーンフレークとヨーグルトとハム、チーズ。パンがやたらとおいしく、感激する。

食べ終わって、ホテルの前で煙草を吸っていると、大きな楽器を持った男の人がぶらぶら歩いてくる。ミュージシャンかな、と思って見ていると、その男性も私たちのほうを見つめている。なんだろう、と思っていると彼がいきなり、「エイコ?」と言った。「ああ、ダニエレ!? はじめまして!」と石橋さん。いったい、この男性は何者なのか。

これもまた、私は全然わかっていなかったのだが、彼はDaniele Camardaというベース奏者で、この町、ボルザノで昨夜、ライブをしていたらしい。ジャンニと石橋さんは、ここでダニエレ氏と待ち合せし、本日これからドイツのパッサウという町に向かい、そこでライブをして、翌日ミラノに移動し、三人でレコーディングをする予定なのだという。知らなかったな~!

ダニエレと握手し、「はじめまして」と言っていたら、目の前を通った若いカップルが歩きながらキスをした。駐車場までみんなで歩いた。羊ほど大きい犬が道ばたに寝そべっていた。四人のスーツケースをむりやり車のトランクにつっこんで、ボルザノを発った。美しい街さようなら。

しかし、車から見る景色も、町に負けぬほど美しかった。山の形からして、日本で見るのとは違う。頂上が平べったくって、上半分にクリームのように雪がかかっている。土曜日のせいか、道路は渋滞している。イタリア人たちは、ポルシェやシボレー、ベンツにトヨタ、立派な車を、どれもほこりまみれにして、転がしている。なんだかみんな楽しそうに見えた。フェラーリみたいな外車は、イタリア人にとっては、国産車だな。と当たり前のことを考えた。
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山々がだんだん、雪で真っ白くなってゆく。スキーをしている人たちが見える。ジャンニが山を指差し、「Like a giant cake.」と嬉しそうに言った。ジャンニが本当に甘いもの好きだとわかってくるのは、これよりもう少し後のことだ。レジデンツがかかり、夢の世界に誘われて、また眠ってしまった。


お昼すぎ、サービスエリアの中の、山小屋みたいな大きいレストランに入った。派手な飾り付けのケーキが、ショーケースの中に並んでいる。ウェイターさんたち、みんな相撲取りのように丸っこく肥っていて、大きい。「このへんはもうドイツだ。ドイツ人には、イタリア人より、大きい人が多いんだよ」とジャンニが教えてくれた。この近辺の名物だという、「グーラッシュ(Gulasch)」という料理を食べた。煮込んだ牛肉にパプリカのソースがかかっていて、ニョッキが添えてあった。食べ終わって外に出ると、日はもう、少し傾きかけていた。足下でぐじゃぐじゃに溶けている雪を飛び越えて、再び車に乗った。石橋さん、隣で帽子を目深にかぶり、寝ている。

しばらく走ると、いつのまにか雪は消えて、あたり一面、茶色いドイツの田園風景が広がっていた。巨大な煙突とガスタンクがそびえ立っているのが見える。ピンクフロイドのアルバムジャケットみたいに、突飛な光景だった。さらに進むと、日が落ち始めた。雲が一部だけあざやかな黄色に染まっている。息が止まるほど美しい。
ずっと北の方向に走っていたのだけど、ミュンヘン近郊から東方向の道に入った。そのとたん、急に空が曇り始めた・・・と思ったら、霧が降りてきていた。道沿いの草原の中に、高い木が一定間隔に植えられ、霧の中でくっきりと黒い影になっている。まるで、スタンプで押したみたい。あるいは、カーテンの生地の模様みたい。パッサウはまだだろうか。


夜6時か7時ごろ、道路にパッサウ(Passau)、という標識が現われた。空はすでに濃紺色で、もう夜だった。外灯に照らされながら、フワフワとした、黒い燃え滓のような影たちが、群れになって空の彼方へ消えていった。ドイツの蝙蝠だ。川を指差し、「ドナウ・リバー」とジャンニが言った。川の向こうに城がそびえたっていた。霧にけぶっている。

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最初のライブを行う、パッサウの「Cafe Museum」というクラブにようやくたどりついた。教会を改築した建物だそうで、天井は丸っこく、ドアはアールヌーボー調のステンドガラスで装飾されていた。オーナーのユーゲンさんが、ライブ会場となる部屋を案内してくれた。ジャズの演奏がよくおこなわれる場所のようで、さまざまなミュージシャンの写真が壁に飾られている。石橋さんのお友達の、日本人音楽家の写真もあった。
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部屋の突き当りの扉を開けると、霧の立ちこめるドナウ川と古城がすぐそこにあった。
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みんなで川を眺めながら、またタバコを吸った。
「自分は川が好きなんだ。川の水は行ってしまうと、もう戻ってこなくて、まるで人生みたいでしょう?」、というようなことを(たぶん)、ジャンニが英語で言った。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」って誰の言葉だっけ? インターネットがあればすぐググるのに。私の知識はなんでもうろ覚えで、役に立たないことばかり。あいまいに笑うことしかできない。

いちおうビデオ撮影の係としてやってきたという名目になっている私は、いちばんうしろの席に陣どって、カメラを用意した。老若男女がつぎつぎとやってきて、席に着き始めた。本当に、年若いギャルたちから、老年の夫婦まで、お客さんたちの顔ぶれがバラエティに富んでいる。
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ライブ始まった。演奏すばらしい。ジャンニのサックスはたとえようもないほどロマンチック。ダニエレのエレクトリック・ベースは、「リュート」とミックスした自作の楽器だそうで、多様な音色を生み出し、まるで清冽な川の流れのように安定して響き渡る。その中を石橋さんのピアノと歌が美しく漂う。不協和音やマイナーコードの連なりも、ここでは陰鬱には響かず、霧のように立ちこめては、また散っていくだけ。それは、まるで揺れ動く人の心の有り様を表わしているかのようで、たとえ不安や悲しみに満ちた心であっても、彼らの音楽はそれらを肯定し、称揚し、何か美しいものに変えてしまうかのようだった。
この日の演奏は、とりわけロマンチックで、パッサウの情景とぴったりマッチしていた。
大きな犬を連れた通行人が、音楽に惹かれて足を止め、窓から彼らの演奏をじっと眺めていた。
アンコールの拍手が鳴りやまなかった。傍らの老年夫婦もどうやら喜んでいるようだった。こういった即興演奏のたぐいを、これほどまでに幅広い年齢層のお客さんに喜んでもらえる機会は、特に日本だったら、なかなかないと思う。見ているだけの私まで、なんだかうれしかった。

楽器を片づけ、お店のカフェスペースに移動し、白ワインで乾杯した。クラブのオーナーが、この店で粉から打って作っているという、ルッコラのパスタを出してくれた。やたらとニンニクがきいていた。また、ドイツっぽいずっしり重たいケーキを何種類か出してくれたので、「もう食べられないよ~」と言いながら、みんなで一口ずつ回して食べた。
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この日泊まったのは、ジャンニが予約しておいてくれたWilder mannというホテル。
「ドラクエ」に出てくるみたいな、すごい内装のホテルだった!剣や竜や妖精が登場して戦うような、ファンタジー小説や映画みたい。そういうのって、ドイツの文化と何か関係があるのだろうか? わからないので、すぐに寝た。次の日、石橋さんに「眠りに落ちるのが、野比のび太なみに早いね。あざやかだった!」と褒められた。


3月1日
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9時前に起床。ホテルの上階でビュッフェスタイルの朝ごはんを食べる。コーンフレーク、コーヒー、シロップ漬けの洋ナシと桃。黒パン。ゆで卵を発見したので、割って食べた。
もうちょっとパッサウの街を見てみたかったけれど、時間もなく、車に乗りこんですぐに出発。
この日は長距離移動なのだった。ドイツからスイスに入り、アルプスの山を越えて、ミラノに戻るのだ。


車の中から見た、スイスの山は圧巻だった。たぶん富士山より高い山々が、私たちを取り巻いて、雪煙の向こうで青く霞んでいる。いくつものトンネルをくぐり、ひたすら南に進んだ。
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「山に感謝だ。この山のおかげで、われわれはドイツ人じゃなくて、イタリア人でいられる」
とジャンニが気のきいたふうの冗談を言った。
つまり、このスイスの雪深い山を真ん中に、北側には霧のたまりやすいファンタジーの国・ドイツがあり、南側には乾燥した太陽の国・イタリアがあるというわけなのだ。実際に通ってみると、いかにも地理が飲みこめたような気になってくる。
さらにジャンニいわく、「音楽の好みもドイツとイタリアじゃだいぶ違う。ドイツ人はちょっとロマンティックな面があるから、昨日のような演奏でよかったけど、イタリア人はもうちょっと皮肉屋だから、あんまりロマンティックに演奏しすぎるとウケないかも」、とのこと。これはどこまで本当かわからないけど・・・。

突然車が脇道に止まったから、何かと思ったら、ジャンニが携帯電話で誰かと話している。ローマのラジオ番組に電話出演しているのだ、というので驚いた。数日後にローマで行われるライブの告知などしているらしい。スイスの雪道でタバコを吸いながら、電話が終わるのを待った。吐く息が白かった。

途中、サービスエリアで白身魚にタルタルソースかけたのを食べたりして、夕方近くに、ようやくスイスを脱出。イタリアに入ることができた。ミラノに着いたころには、あたりはもう真っ暗だった。

ジャンニもダニエレも、ミラノには詳しくないらしく、周りのイタリア人たちに、めったやたらと道をたずねまくっている。「スクージ!」と言って、車だろうがバイクだろうが、通行人だろうが、どんどん呼び止め、道を聞く。聞かれたほうも聞かれたほうで、自分の知ってる限りのことをペラペラ、しゃべりまくる。イタリア語だから、何を言ってるのかさっぱりわからないが、しまいには関係ない話してるんじゃないか? ってほど、おしゃべりが盛り上がったりしている。
イタリア人って、こんなふう? 一時間以上はミラノをうろうろしていたようだが、見てて面白くてたまらなかった。結局さいごには、インターネットでグーグルマップを検索。ようやくこの日泊まるホテルにたどり着いた。

荷物を部屋に置いて、ホテルの近所で夕ごはんを食べた。
赤や白の内装の、ちょっとバブルっぽい雰囲気だけどおしゃれなバーだった。でも、もしかすると、日本のバブルっぽいバーのほうが、その昔、イタリアのおしゃれをいい加減に、テキトーにマネして作られたものなのかもしれない。そんなことを一人でごちゃごちゃ考えた。前菜とパン、それから生野菜にオリーブオイルとバルサミコ酢をかけたものなどを食べた。あと白ワイン。ジャンニが日本滞在時の思い出を、とっくりしゃべってくれた。ホテルに帰ってからも、玄関前でずうっと話した。意外な日本人アーティストたちと共演歴のあるジャンニ。彼の話はびっくりの連続だった。
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ホテルのシャワールームに入ろうとしたら、お湯が出ない。ジャンニに相談したら、「ふーん、そうなんだ。そんなことより、僕の日本にいたときの写真、見ない?」と部屋に引きずりこまれる。ノートパソコン上で、ジャンニの禅寺修行時代の写真を次から次へと見せてもらい、さらなる思い出話の大サービス。結局、お風呂には入らず、部屋の洗面所で頭だけ洗って、寝た。
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by chigirayuko | 2009-02-27 03:25 | 2009年イタリア日記
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