イタリア日記3
●3月5日 ベネツィア→ローマ(ライブ)

朝起きたら、ジャンニのベッドの上に、どこから入ったのやら、きのうの猫がちょこんと座っていた。猫をほっといて、ものすごいスピードで荷物をパッキング。ホテルの廊下で熱いコーヒーを一杯ひっかけ、重いスーツケースを引っ張って、ベネツィア駅へ。今日はローマまで、約4時間の旅。ジャンニがユーロスターのチケットを買ってくれた。70ユーロくらいで「高いなあ」と思ったけど、東京大阪間くらいはゆうに移動していることを考えると、ちっとも高くないのかもしれない。
それにしても、なんという大移動の連続だろう。
なんというおかしな、信じられないツアーを、音楽家たちはするのだろう。

電車の中でたくさん寝る。途中でトスカーナの田園風景を見ることができた。茶色と緑と金色に輝く畑がどこまでも続く。石橋さん、お気に入り映画のワンシーンにおんなじ場所が登場するとのことで、「今まで見た風景の中でいちばん好きかも」とにこにこしていた。

四時間後、ローマ駅に到着。
ピカピカのナイキショップやレストランが併設されたでっかい駅だった。この日のライブのオーガナイザーが車で迎えに来てくれていた。長くて分厚いもみあげ、メガネに口ひげ、優しい目。見るからにいい人そうな風貌の男性だ。彼には、すぐに「バッフルマン」というあだ名がついた。「バッフル」ってイタリア語でヒゲのことみたい(合ってるかわかんないけど)。
バッフルマンの車のトランクは、空のペットボトルや、他にもなんだかよくわからない素敵なガラクタでいっぱいだった。そこに全員のスーツケースをむりやり詰めこんで、出発。

「ローマはすっごい変なところなんだよ。何もかもが、過剰なんだ」とジャンニが言う。「見て、ほら、あれは紀元前に建てられた壁」。左を見ると、朽ちかけた茶色い壁に、でっかい人間の顔のレリーフがくっついて、こちらを睨んでいる。右手の公園では、すっきりと晴れた空に向かって、巨大な松の木が幾本も伸びている。美しい光景だけど、紀元前の遺跡があまりにも無造作にそこかしこにあるというのは、確かにどこか奇妙な感じがした。

バッフルマンに荷物を託して、ローマの町を少しだけ見物した。
白い大理石でできた大きな門をくぐると、巨大なオベリスクのそびえたつ広場に出た。
「大都会だけど、ミラノよりもきれいだね」と、石橋さん。「建物がどれもでっかいねえ」と私。
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スペイン広場まで歩き、近くのオープンカフェに入る。
舗道にはみ出たテーブル席に座り、私はコーヒー、石橋さんとジャンニはレモンティーを飲んだ。お米とトマトソースとチーズを混ぜて揚げてある、イタリアのコロッケも食べた。
石橋さんが、「レモンティーのレモンが美味しい。ちぎちゃんも飲んでみて」と勧めてくれた。するとジャンニ、ふふふと笑って、「イタリア以外のレモンは、みんなにせものだ」だって。世界中のレモン農家の人たちを怒らせてしまいそうな台詞だが、ジャンニ、さらに続けた。
「さらにその中でも、本当に『本物』と言えるのは、イタリアのシシリー島のレモンだけ。ま、僕の故郷なんだけどね。シシリー島のレモンは香りが強くて、レモン畑から数キロ先にいても、いい香りが漂ってくるんだ」
なんだ、ふるさと自慢か。でも、ジャンニの話を聞いているだけでなんだか私までうっとりしてきた。レモンの香る太陽の島、シシリー。どんな素晴らしい場所なんだろう。みかんの美味しい四国みたいなとこだろうか? 
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突然、お天気雨が降ってきた。
細かい雨のしずくが、空中で金色の帯のようにきらめきながら降り注ぎ、人々が少し早足になる。左手にはスペイン広場。階段の上の大きな建物が、日に照らされて白く輝いている。足が長く、腰が嘘のように細い美しい女の人たちが往来を行きかう。テレビカメラと、リポーターらしき美女がカフェの前で何か話している。
「ここに一日座ってたら、きっとイタリアの女優や有名人をたくさん見られるよ」
と、ジャンニが言う。

カフェを出て、大きなモニュメントのある広場を抜け、屋根のあるショッピングモールに入った。するとすぐ横で、白髪の威厳に満ちた老人が、大勢の人々にマイクを向けられて何やらしゃべっている。カメラのフラッシュが光る。それを見て、ジャンニがくすくす笑っている。
「あれ、誰?」
「イタリアの有名な政治家だよ。言ってみれば、アベ・シンゾーみたいな人」
感心したけれど、ちっとも現実感がない。

石畳の敷かれた道を、いくつもの門や壁を越えて歩いた。迷宮に入ってしまったような感覚だった。お金持ちの立派な家の門が開いていたので、少しだけのぞきこんだら、中庭に大理石の像がいくつも並んでいた。ガードマンがやってきそうになったので、慌てて逃げた。
さらに進むと、車通りの多い道に出た。渋滞している車の中をのぞくと、毛皮と宝石を身にまとった老婦人が威張って後部座席に身を沈めている。市庁舎か何かの大きな建物が、こちらを威圧せんばかりに青くライトアップされてそびえたっている。ローマは偉大な都市だなあ。
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タクシーに乗る。
運転手さんに頼んで、「コロッセウム」の前を通って、ライブハウスに向かってもらった。
コロッセウムではローマ時代、人間とライオンを戦わせていたらしい。「エイコはしし座、ライオン、ライオン」とジャンニが言うので、石橋さんが「じゃあ、私は今夜、コロッセウムに泊まるよ。そんで、あしたの朝いちでローマ人と戦う」と言うと、ジャンニ大喜び。その後、会った人全員に、「エイコはライオンだから、今夜はコロッセウムで寝るんだぜ」と報告していた。

フォロ・ロマーノの横を、背中の四角く曲がった老修道士が歩いている。自分が21世紀にいる気がしない。目の前の巨大な黒い三角の遺跡を指差して、ジャンニが言った。「あれはピラミッド。エジプトから、そのまま船に乗せて、運んできたんだよ」。それを聞いて石橋さん、「くるってる……」とつぶやいた。まったく、ローマ人たちの半端ない権力欲を思うと、気が遠くなってくる。遺跡の圧倒的な存在感に、遠近感や時間感覚が変になってしまうそうになる。まわりの壁に、空に、道路脇のネオンに目を移すたびに、映画やら小説やら、どこかで見た物語の場面が開けてしまいそうで、めくるめく幻想、終わらない劇中劇に飲みこまれてしまいそうになる。

その日のライブ会場は、ピラミッドのすぐ近くだった。
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過剰でヘンテコなローマの町並みとはうってかわって、その「Sinister Noise」という名前のクラブは、日本にもありそうなごくオーソドックスなライブハウスだった。入口近くに、若者好きしそうな60年代風の内装のバーがあり、階段を下ると真っ暗闇の四角いスペースにステージと楽屋があるという構造。お腹がすいたので、近くのバーガーキングでハンバーガーを食べてから、サウンドチェック。私はビデオをセット。それから店の外でタバコを吸ったり、ワインを飲んだりして、会場時間を待った。

対バンはひとつだけで、E.I.Jという若い男の子たちのバンド。大きな耳輪をした子と、メガネの子と、ドレッドの子、みんなやたらと礼儀正しい。それだけでなく、ライブハウスの店員サラ(頭に花の髪留めをつけたカワイイ子)やその彼氏のロレンツォというひげもじゃの青年、出会う人みんなが、またもや、明るくて気持ちのよい人たちばかり。

ライブ始まる。
E.I.J.は、「ポストロック」というのだろうか、現代っ子らしい、きれいでエモーショナルなインスト曲を演奏していた。
続いて、石橋さんとジャンニのデュオ演奏が始まった。私の撮影してたビデオカメラ、本格的に壊れてしまったようで、すぐに止まってしまってしまう。慌てふためいてビデオをガチャガチャ開閉しながら、私はひそかに、カンドーしていた。あんまり褒めてばかりいてもなんだけれど、こんな遠くまで来て、毅然として演奏に向かう二人の姿に胸を打たれてしまった。
ラスト近くにジャンニのソロがあった。のどとほほをいっぱいに膨らませて、長い高音を引っ張りだすジャンニを見て、涙が出た。
甘いものと日本が大好きなジャンニ。日本の禅寺で修行してたジャンニ。でも修行中、真夜中にこっそり寺を抜け出しては、コンビニでアイスクリームを買って食べていたというジャンニ……。

きっと彼は、日本のみならず、世界中のいろんな場所に行って、いろんな演奏をして、いろんなものを見てきたのだろう。どんなに言葉を尽くしても、彼の見てきたものと同じものを見ることはできない。言葉はそもそも不自由で、しかも私たちが互いに使っているカタコト英語なんかでは、日常生活の意思疎通さえままならない。
でも、こうしてカエルみたいにいっぱいに喉を膨らまして、高音を奏でる彼の姿を見ていると、彼が禅寺で瞑想しているときに、あるいは、コンビニで買ったアイスクリームをこっそり食べているときに見ていた、なにかきれいで優しいものが、私にも見えてくるような気がする。そんな気分になってくる。
静寂ののち、石橋さんが強く鍵盤を叩き、「帰郷」というインスト曲の第一音目を鐘の音のように打ち鳴らした。

だが、そのとき、そのとき……。
興奮した声で、私に語りかけてきた者があった。
「ね、ね、あれ、君の友達!?」
闇にまぎれてよく見えないが、それは妙にノリの軽い、中年イタリア人のようであった。私が軽くうなずくと、
「インクレディブル……全ての音がすばらしい!まじ、やばくない?やばすぎでない?」
私が対応に困っていると、彼はよろけた拍子に、私のバッグに景気良くお酒をこぼした!
「……あ、ごめん」
そして、「いやあ、ごめん、ごめんね……」と言いながら、じょじょに私から遠ざかっていってしまった。なんなんだ、あいつ!?
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ステージを終えて、「大丈夫だったかな、なんか落ち着かなかったよ〜!」とプルプルしている石橋さんに、涙ながらに「すごいよかったよ〜」と凡庸な讃辞の言葉を送った。そのまま上の階のバーで飲んでいると、さっきの、お調子者の中年イタリア人がやってきて大声で言った。
「いやあ、良かった、良いライブだった!きみら、まじすごくない!?」
私たちがポカンとしていると、彼はクルッとその場で回り、ポーズをつけて自己紹介した。
「こんにちは、俺の名前はマッシミリアーノ! ヨロシクね!」
そして、レシートの裏紙にサラサラと自分の名前と連絡先を書き、石橋さんに向かって、「ねえ、僕のために歌ってよ!マッシミリアーノ~♪って歌ってよ!」などとからんでいる。
どうやら、ジャンニの幼馴染が連れてきた友達らしいのだが、まわりの連中はひたすらあきれ顔。要するに、単なるめんどくさい酔っ払いだったわけだが、「マッシミリアアノ~~~♪」と長い手足をくねくねさせて歌い踊る彼を見ているうちに、だんだん面白くなってきてしまった。
「マッシミリアーノ!」とコールすると、彼はまた鮮やかな身のこなしで回転し、「マッシミリアーノ!」と自分の名を叫んでビシッとポーズを決める。そのあまりの自己プロデュース能力の高さに、石橋さんもしみじみとつぶやいていた。
「ああいう人を見ると、私みたいに地味な人間よりも、彼のような人間こそが、ミュージシャンをやるべきだと思うよ、ホント……」
そのほかにも、私が感極まってさらに落涙したり、ローマの夜はとにかく変であった。

バッフルマンとロレンツォが車でホテルまで送ってくれた。ライブハウスからちょっと離れた場所にある立派なホテルだった。ついたとき、ちょうど日本人観光客の大集団が、バスでどこかに出かけようとしていた。こんな夜中にどこに行くのだろう。緑のカバーのついたベッドで心おきなく眠った。窓の外から、救急車か何かのサイレンの音が小さく聞こえた。


●3月6日 ローマ→ミラノ
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この日は、特に大移動だったため、朝早く起床。またもやすごい勢いで荷物をパッキング。ホテルの前の喫茶店でカプチーノを飲み終わったころ、バッフルマンとロレンツォが車で見送りに来てくれた。
昨夜のマッシミリアーノの話題で盛り上がった。「ああいう積極的な人が、女の子にもモテるのかなあ」と誰かが言ったら、バッフルマンがふふふと笑って、「いいや、マッシミリアーノはバッフルがないから、モテないよ」と言ったのが、なんだかとってもおもしろかった。
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車の窓から、ゴルフ場みたいなだだっ広い場所に、とんでもなく背の高い松の木がいっぱい生えている景色が見えた。ローマはでっかい宮崎県みたいなところでもある、と私はなんとなく思った。
ローマ駅で、バッフルマンらと涙のお別れ。
構内の売店で、ちょっとだけ甘いパンにチーズとサラダ菜と生ハムがはさんであるパニーノを買って、ガス入りの水も買って、ユーロスターに乗った。ミラノまでは八時間くらい。確か、たくさん寝てしまったと思う。


いったい何度目だろう、またミラノに戻ってきた。
タクシーに乗って、ジャンニの友人の女性、マルティナの家に向かう。空き部屋を旅行者に格安で貸しているという。

大きなマンションの呼び鈴をこわごわ押すと、マルティナが出てきて、慣れた様子で家の中を案内してくれた。これがまた、インテリア雑誌に出てもおかしくないような、おしゃれな家なのだった。カラフルなベッドカバー、壁にはポストカードが貼られ、テーブルの上にはガーベラの花とお香立て……。
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石橋さんがつぶやいた。
「これは、あれだ。オリーブ少女の部屋だね」
まさしく、そうだった。ゲンズブールの「ジュテーム・モア・ノン・プリュ」のポスターがステレオ台の上にさりげなく畳んでおいてあった! しかし、私たちは長旅のまっただ中。スーツケースを床におっぴろげ、中から昨日洗ってまだ生乾きのパンツや靴下を引っ張り出して部屋中に干したら、オリーブ少女の部屋は、ものの五分で、ただのちらかった部屋に変貌してしまった。
「マルティナに怒られませんように……でも、このほうが落ち着くねえ」
「うん、落ち着くねえ」

夜に「ZARA」という地下鉄の駅で、ジャンニたちと待ち合わせをしていたので、それまでの時間町に出て、大通りで買い物をした。石橋さん、靴が壊れたと言って靴を買い、今まで履いていたのを道のゴミ箱に捨てていた。本当に豪気な人だ。
お腹がすいていて、本当はラーメンが食べたかったのだけど、もちろん見当たらず、しかたなく可愛らしいお菓子屋さんに入った。小さなパイやらケーキやら、ショウケースを見ながら細々注文すると、出てくるもの全部があまりに美味しくてビックリ。サクサクしたパイ生地と、濃厚なクリーム。日本で食べるケーキとは完全に別物だ。ジャンニへのおみやげとして幾つか買ったら、お店のお姉さんが包み紙にきれいにリボンをかけてくれた。

7時ごろ、タクシーで待ち合わせのZARA駅へ。
赤い眼鏡をかけたお調子者の「いかにもイタリア人っぽいイタリア人」の運転で、駅に到着。
長い髭に長髪の男性に呼び止められ、「誰?」と怯えていたら、かたわらの車の中から、ジャンニも登場。長髪の男性、Xabier Iriondoはこの日のセッション相手のミュージシャンだったのだ。
車に乗り込むと、シャビエの彼女、ヴァレンティーナを紹介された。ベリーショートの、笑顔のとんでもなく可愛い女の子だった。


車に乗ること数十分、この日のライブ会場に到着した。そこは、今までに見たことがないような場所だった。
古い倉庫のような建物が何軒か立ち並んでいる。そのうちのひとつに入ると、左手には暖炉、後方にはバーカウンターがあり、若者たちが集って何やらしゃべっている。足下の床にはなんと墓石らしき大理石が埋めこまれていた。本物なのだろうか。
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ステージには何もなく、どうやらこれからアンプなどが運びこまれていくらしい。突然、大きな獣がドアから入ってきた、と思ったら犬だった。汚れたモップみたいな毛並みをしている。誰かが「アルベルト!」と呼んでいる。犬の名前らしい。
バーのほうで誰かの怒鳴り声が聞こえると思ったら、白髪の老人が若者相手に文句を言っている。もめ事かと思ってよく見ると、老人は、首から白い紙をぶら下げていて、そこにイタリア語で何か書いてある。彼の眼鏡は壊れてしまっていて、ゴムで耳にかろうじてとめられていた。
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詳しいことはわからないのだが、このあたりの建物は、取り壊し寸前だったのが、若者たちが住みついて、食べ物を交替で作ったり、こうやってライブを開催したりして、仲間同士で自主的に運営をしている、らしい。でも、もとは墓地だった場所に上から建物を建てた、とも聞いた気がする(どれが本当か、よくわからない)。ちなみに首に紙をぶらさげた老人は、身寄りがないためにここの居住者たちが保護しているということだった。大きい犬、アルベルトはゴムのおもちゃをくわえて、ずっとはしゃぎまくっている。彼の存在のせいか、不思議なサーカス小屋にまぎれこんでしまったような気分になった。
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人々がテーブルと椅子を並べ出し、夕食が運ばれてきた。トマトとルッコラとジャガイモのパスタ。パスタは小さな、耳のような形をしていた。パンと生ハムと、大きなマッシュルームの入ったサラダ。パルミジャーノチーズをかけて食べる。

だんだんと人が増えてきた。ビールを飲みながら、ライブが始まるのを待っていると、不意に日本語で話しかけてくる人がいた。「こんにちは、日本人の方ですよね。はじめまして」。その方は佐藤ガクさんというミラノ在住の日本人ミュージシャンであり、有名なテルミン奏者だということだった。「あ、どうも」などと言いつつ、なんとなく緊張してその場に固まっていると、ものすごく背の大きなイタリア人が、英語で話しかけてきた。
「ねえねえ、日本人の人。俺はスシが好きなんだ。でもさ、スシを食べると、その日は必ず変な夢を見るんだよ!ねえ、なんで!?」
そんなの知らない……。
いろんなことがいっぺんに起こりすぎて恐ろしくなった私、半べそかいて建物の外に出ると、妙にぽやーっと上の空の顔でベンチに座っている、若いメガネの男の子が、例の犬、アルベルトをあやしながら、私に大声で話しかけてくる。「この犬、なんとかかんとか……!」「え、何!?」「この犬は、×××」「え、どういう意味?わかんないよ……」「犬!」。私が途方に暮れていると、すぐ傍らに石橋さんとジャンニと佐藤氏が立っていて、肩をすくめていた。「ハハ、あの人、見るからにぶっとんじゃってるから、相手しないでいいよ」と佐藤氏。「え?そうなんですか?ぜんぜんわからなかった……」。私はどうもそういうのに鈍感らしい。まだライブも始まらないうちから、すっかりくたびれて、ひどく落ち込んでしまった。

石橋さん、ジャンニ、シャビエの三人でのライブが始まった。シャビエは日本の「大正琴」を改造したという不思議な楽器を使っていて、そこにビー玉を落としたり、刷毛みたいなので擦ったりして、複雑怪奇な音を出す。ジャンニ曰く、その楽器はすごく物が良いらしい。私には、物の良し悪しはよくわからないが、茶色い髭に長髪という風貌の男性が、小さな人形を弦の上に散らばしたり、すりこぎのようなもので楽器の腹を擦ったりしているさまは、喩えて言うなら魔法使いが秘薬を作っているか、小さな男の子が部屋のすみっこで一人で遊んでいるかのようで、見ていてとてもおもしろい。シャビエの演奏、他の二人の奏でる曲を幻想的に膨らませていく。もっと聞いていたいと思っていたら、いつのまにか終わっていた。

ライブ後、「疲れてしまったから、先にタクシーで帰ろうかと思う」と言ったら、みんな「俺らももう二十分くらいで帰るよ」とのこと。外の肌寒い空気に当たりながら、みんなとビール一杯だけ飲んだ。佐藤氏、「このジャンルの音楽は、やっている人間の数は少ないながらも、世界中の人とつながれるから面白いよね」とミラノ在住アーティストならではの話をいろいろしてくださり、自転車で颯爽とご自宅に帰っていかれた。私たちもシャビエに車で送ってもらって、マルティナの家に戻った。
「なんか途中バッドになっちゃってゴメンね……」と言ったら、石橋さん、「いやいや」と笑っていた。お風呂に入り、ベッドに寝転がって、今日なにがあったかをノートに書いていたら、いつのまにか眠ってしまっていた。
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by chigirayuko | 2009-02-25 03:23 | 2009年イタリア日記
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千木良悠子の日記です。
by chigirayuko
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