イタリア日記4
●3月7日 ミラノ(ライブ)

親切&実力派&良い楽器持ってる、Xabier Iriondo氏は、世界の珍しいレコードや変わり種ギターを販売するお店のオーナーらしい。今日のライブは、その店で行われるらしい。

シャビエの自宅での、お昼ごはんに招待してもらった。
地下鉄の切符をどうにかこうにか買い、乗り換えを駆使して、昨日と同じZARAの駅へ。
シャビエとヴァレンティーナが車で迎えに来てくれていた。

リモコンで開く大きな門をくぐると、美しい庭が広がっていた。オリーブの木にアコースティックギターがくくりつけられている。どこかで鳥が鳴いている。シャビエの自宅は、TV番組「渡辺篤志の『建もの探訪』」が今にも収録に来てしまいそうな、すばらしい一軒家だったのだ。ドアを入ってすぐには、黄色い壁で天井の高いダイニングキッチン。居間の棚には、珍しいDVDがずらりと並ぶ。地下にはシャビエの録音スタジオと、絵描きであるヴァレンティーナのアトリエがある。階段を上ると大きなベッドのあるゲストルーム。ジャンニはここに泊まっているらしい。

お昼ごはんをいただいた。日本では食べたことがないような、複雑な味のドライトマトとオリーブ。ドイツのサラミは、シャビエの仲良しである、ダモ鈴木さんからの贈り物だとのこと。ヴァレンティーナ特製の、ナスとひき肉のオーブン焼きは絶品。おいしい赤ワインをガブ飲みしたかったけど、やっぱりそんなにたくさんは食べられず。

親切すぎる男、シャビエ。いったいどういう人なのかというと、90年代は、イタリアの大人気バンド「After Hours」のメンバーとして、めまぐるしく活動していたという。しかし、バンドが大きくなるにつれ活動がルーティンワークに堕していくのを苦慮し、30歳でバンドをやめ、自分の店を開いたそうだ。「After Hours」時代のプロモーションビデオを見せてもらった。メンバーが女装して登場するスプラッタームービーみたいなのとか、パーティーとダンスの派手なのとか、ジャン・ピエール・ジュネ風のファンタジックなのとか、どれも大変凝った作りだった。
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テラスのベンチに腰掛けて、ひとり庭を眺めた。そういえば、日本でもイタリアでも、なかなかこうやってゆっくり日を浴びることはなかったなあ。緊張していた心がほどけて、なぜだかまたぽろりと涙がこぼれた。鳥の声を聞いていると、心の洗濯がされていくかのようだ……。向かいの家の垣根から、腰の曲がったおばあさんがイタリア語で何やら、話しかけてくる。わからないので、とりあえず「チャオ!」と言ったら、嬉しそうに笑っていた。おばあさん、玄関先の柱に一輪の造花をくくりつけて、また家の中へ消えてしまった。

近所でマーケットをやっているというので、ヴァレンティーナと石橋さんと三人で出かけた。野菜や魚、服や靴、下着や食器などどが道路いっぱいに並んでいる。光の加減なのか、花屋に並ぶ花が、日本よりもひときわ色鮮やかに見える。
イタリアではこの翌日が、「男性が女性にミモザをプレゼントする日」であったそうで、やたらとミモザが目につく。ミモザなんて、今まで意識したことなくて、「ミモザサラダの語源の花」としか思ってなかったけれど、こんなに枝いっぱいに咲き誇る、強烈な印象の花だったとは。その黄色は、太陽の色、光そのものの色のように輝いていた。
マーケット、あんまりいいものが見つからなかったので、ヴァレンティーナがこの界隈のカワイイ洋服屋さんを何軒か案内してくれた。ヴィンテージの服や靴、アクセサリーをたくさん見て、カフェでハーブティーを飲んで、おしゃべりして、女子だけの楽しいひとときを過ごした。

ライブの時間が近づいてきたので、シャビエの店「Sound Metak」へ向かった。
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たぶん、マニアにはたまらない、夢のような店なのだと思う。壁に珍しい楽器がずらりと並んでいる。真ん中のラックにはシャビエの厳選したCDやレコード。片隅には、例の大正琴を改造した楽器と、小さなスクーター。日が暮れてゆくにしたがって、店の中に人が増えていく。そしてライブが始まった。
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この日の演奏は、そのまんまCDになってもいいくらい、完成されているような気がした。終了後のジャンニが、「今日は、かなり良かったと思う」と本当に幸せそうなスマイルを浮かべていた。

夕ご飯はどうしようかという話になり、シャビエが言った。
「もしかしてきみたち、まだイタリアのピザを食べていないんじゃない?……信じられない!じゃあ、今夜はピザだ、いいね?」
うん、本当はラーメンが食べたいけど、ピザでもいいぜ!

店から道を一本はさんで隣の、すてきなイタリアンレストランに入る。白ワインを注文し、何十種類もあるピザのメニューの中からよさそうなのを選んでもらった。水牛のモッツアレラチーズと、トマトのピザが出てきた。トマトそのものの味が濃い。生地の上にしみ出したトマトの果汁が、チーズのミルク分と混ざり合い、そんなに調味料加わっていないはずなのに、味噌汁飲んでるみたいに濃厚な味がする。水牛のモッツアレラチーズはとっても高価だそうで、それを聞いて、一生懸命に食べたのだが、いかんせん一枚が大きすぎるので、やっぱり食べきれないのだった。
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シャビエが、アレハンドロ・ホドロフスキーの映画が好きだという話から、サーカスの話になる。
ジャンニの夢は、「ジャンニ・サーカス」を作ることなのだそうだ。
もし、自分たちがジャンニ・サーカスのメンバーだったら……みんなで役回りを決めた。
石橋さんはしし座だから、ライオンとして火の輪くぐりをする。モンキー・ハンドを持つ私は、猿としてものまねなどの芸をする。ヴァレンティーナはサーカスの踊り子。シャビエはギター演奏。シャビエの友達の男子たちは、ピエロと、それからマイクを片手に客入れをする。
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実現するといいね、「ジャンニ・サーカス」!

サーカスの話から、舞台の話になって、ピナ・バウシュの話になった。
一時期はパリにも住んでいたというジャンニは、ピナ・バウシュと友人なのだそうだ。なんでも、ジャンニがスクーターの駐車違反か何かで警察ともめていたとき、ちょうど通りかかったピナ・バウシュに助けてもらったらしい。「『あなた、ピナ・バウシュに似てますね』と言ったら、『私、ピナよ』って言われて、『あらまあ』、それが出会いだったんだ」。ピナ・バウシュは、ジャンニのかつて飼っていた犬「チャーリー」をとても気に入って、自らの舞台公演に出演させたそうだ。
「ピナは彼を日本公演にも連れていこうとしてたんだけど、それは断ってしまった。チャーリーはものすごく賢い犬でね。……犬なのに『自殺』をしたんだ」
そう語るジャンニの目は、少しうるんでいた。
「晩年のチャーリーは、とても深刻な病気にかかっていた。ある日、……自分で死期を悟ったのだと思う。家族が目を離したすきに、自らプールに飛び込んだんだ。それ以降、猫は飼ってるけど、もう犬を飼う気にはならない。チャーリーみたいにすてきな犬は、他にはいないもの」

それからシャビエとヴァレンティーナが、4月にパリに旅行に行く、という話をしてくれた。モンマルトルにアパートがあるらしい。「パリのとあるバーに行くと、ホドロフスキーがタロット占いをしてくれるんだって。みてもらおうかと思ってるんだ」とシャビエ、目をきらきらさせていた。そんな、この世のものとは思えないようなヘンテコリンな芸術家たちも、広いヨーロッパの中には普通に住んでいて、普通に道を歩いていたりするのだ。自分が島国の人間だということを痛切に感じた。

最後に、アマーロという甘い食後酒を飲んだ。消化に良いのだそうで、すごーくおいしい。
楽しいディナーも、もう終わり。
店の外で、タバコを吸って、それから全員とハグしてお別れの挨拶をした。この抱き合う習慣、私は大好きだ。なんだか今生の別れという感じがしていいと思うのだ。

町中で、ネオンがきらきらしていた。
シャビエの車で送ってもらって、マルティナの家に戻った。
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by chigirayuko | 2009-02-24 03:23 | 2009年イタリア日記
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千木良悠子の日記です。
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