イタリア日記5
●3月8日 ミラノ→カターニャ

マルティナにお金を払って、家を出た。近くのカフェで、オレンジジュースなど飲む。時間ぴったりにシャビエたちが迎えに来てくれた。今日は男性が女性にミモザの花束をプレゼントする日っつーことで、シャビエ、王子様のように花束をわれわれに手渡してくれた。

ミラノのLinate空港、主に国内線が出ているという。チェックインしようとしたら、Wind Jet 航空の職員に予約してたチケットのことでいちゃもんをつけられる。石橋さんが飛行機に乗れないかも……英語とイタリア語の飛び交う中、私は何もできず、呆然としてただ時が過ぎるのを待つしかなかった。こういうときに人間の実力って出てしまう……自分の無能さに恥じ入った。Fuck! Wind Jet!

どうにか飛行機に乗って二時間。ブルーグリーンの海が見え、シシリー島・カターニャの空港に到着。滑走路にピンクの花が絨毯敷いたみたいに咲いている。降りると暖かい風が吹いていた。

駅でタクシーを捕まえる。海沿いの道を走って、いい気分で町の中心部についた……と思ったら、超高額な値段をふっかけられる。今度はぼったくりかよ!
ジャンニがタクシー運転手と口論していると、目の前の階段から肩をいからせて降りてくる人物がいた。
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「ちょっとちょっと、おれの友達に何してくれるんでい!」

……と言ったかどうかはわからないが、タクシーの運転手になにやら激しく言い募っている。その後ろから、毛の短い胴の長い犬が現れて、加勢するように吠え立てている。

この人がいったい誰なのかというと、本日ライブするお店のオーナーで名前はサロさんというらしかった。(ちなみに犬の名前はエヴァ)。けっきょく、サロがタクシー代を払うということで蹴りがついたらしい。
「お嬢さんたち、長旅おつかれさんです。荷物、持ちますぜ」
と言ったかどうかはわからないが(サロは英語をほとんど話さないのだった)、われわれを親切にホテルに案内してくれた。

石畳の道を行くこと五分、工事現場みたいにくずおれた建物の二階にあがると……そこにはラブリーなホテル。ドアを開けると、広い広いスイートルームが。

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「わあ、やなことがあった後にはいいことがあるね」と石橋さんもうれしそう。天井は高く丸く、赤い大きなカーテンが窓を覆っている。ホテルオーナーである小柄なご夫婦が、「用があったらなんでも言ってくださいね」と笑顔で言ってくれた。

町へ散歩に出かけた。エトナ山までつながっているという、広い通りを歩いて、大きなジェラテリアに入る。ガラスケースにきれいな色のお菓子が陳列されていた。
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私は緑色の、ピスタチオのケーキを食べた。ジャンニは揚げパンみたいなでっかいケーキを食べた。「胃腸は大丈夫なの?」とたずねたら、「だいじょうぶ、むふふ♡」とジャンニ、満面の笑みでケーキにかぶりついている。ほんとうに大丈夫かな……?
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太陽が落ち、カターニャの空がものすごくきれいな藍色へと変わっていった。柔らかい空気の中、だれもかれも穏やかな表情で道を歩いている。大学前の広場の前を通り過ぎ、公園へいく。地面に象の絵のモザイクがあった。「象は、カターニャの町の象徴?」とジャンニに聞くと「そうそう」とのこと。さらに道を行くと、建物に旗が掲げられている。「あれは、シシリー島の旗だよ、おもしろいでしょ」。見てびっくり、旗には三本足の女の人の絵が描かれていた。

「なにあれ!ギリシャ神話か何かに出てくるキャラクター?」「いや、たぶん起源はもっと昔だと思う」「何を意味するシンボルなの?海とか山とかの神様?」「いや、そういうんじゃなくて……」「宇宙の母、みたいなかんじ?」「そう、それそれ!」

私たちはいたくこの宇宙の母を気に入って、「彼女には今度、石橋さんと七尾旅人さんがやるギャルバン『極限少女』のメンバーになってもらったらいいかもね」、などと話した。
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(メンバー↑)
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楽しいお散歩も終わり、本日のライブ会場、レストランNievskiへ。
オーナー・サロはチェ・ゲバラに憧れて、キューバや南米を旅したことがあるそうで、旅の写真が店中に飾ってあった。右端のお爺さんの写真を指差して、「あれはガルシア・マルケス」と言うので、「会ったことがあるの?」と聞いたら、「しゃべったよ!鳥肌が立った!」と言う。また、サロ、若いときかなり政治運動に傾倒していたらしく、二回捕まったことがあるそうで、今でもアメリカには入国できないとか。「アントニオ・ネグリは自分のマエストロだ」と言う。
そんなサロにビールにワイン、パンにサラダ、いろいろ出してもらう。白身の魚を、シシリー島のレモンやオレンジといっしょに煮た料理が出てきて、すごく美味しかったが、石橋さんが骨を喉に詰まらせて苦しそうにしていた。

どういう流れだか、ジャンニが「サロは日本人の女性と結婚したほうがいいよ」と言うので、ワインで酔っぱらった私、つい「私はどう?」と軽口を叩いてしまった。そしたら、イタリア人たち、大爆笑。涙を流してウケている。
サロ、「夢みたいだ……」とつぶやいている。「なぜ夢みたいなの?」とジャンニに聞くと、「だって、サロはもうけっこうな年だもん。いくつだっけ?」「46歳」「そうか、ハハハ、僕より若い!結婚おめでとう」。

あまりの盛り上がりに戸惑っているところへ、また新たなる人物が現れた。
本日のライブでセッションするドラマー、フランチェスコである。前にジャンニが言っていた、「すぐオバケを見ちゃう友達」は、この人かあ。
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「やあやあ君たち、ジャンニみたいな変人といっしょにツアーができるなんて、本当に我慢強いよなあ!」
「フン、君のような変人には言われたくないね」
フランチェスコ、ドラマーでありながら、小説を書いたりもするらしい。むかし女の子にヒドいふられ方をしたときに、愛憎入り交じって、彼女をバラバラ殺人するシリアル・キラーの話を書いてしまったとか。また、日本のアニメやマンガや小説に相当詳しいようで、永井豪のマンガとか村上春樹についてしゃべっていた。
「ま、言ってしまえば、単なるオタクですよ、オタク!」
とジャンニが言えば、フランチェスコ、
「いいや、さんざん二次元で性の冒険をしてきた俺だが、最近はもう卒業したのだよ」
と言い返すのだった。
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そろそろライブがはじまる。……と思ったら、フランチェスコがいない。外に探しに行くと、「電話中だから先にやってて」なんて言っている。どんだけ自由なんだ。
しかたなく、石橋さんとジャンニ、二人で始めた。「ガスタンク」という石橋さんのオリジナル曲と、即興を一曲やったところで、ジャンニがイタリア語で何か言って、ステージから降りてしまった。循環呼吸を駆使してサックスを吹くジャンニ、どうやら、演奏中に気持ちが悪くなってしまったようなのだ。だから、ケーキ食べ過ぎるなって言ったのに。

かたわらの女性客に「演奏、また再開するかしら?」と聞かれた。「すると思います……」と答えておいたが、これがなかなか始まらない。サロが私にダイキリを持ってきてくれたので、調子に乗って、「ありがとう、マイ・ハズバンド!」と答えると、どうやら喜ばせてしまったようで、ダイキリ、ダイキリ、マルガリータ、それから甘いデザート・ワイン……とそのままお酒天国に。
やばい、このままでは本当に結婚させられてしまう。
焦ったが、お酒がうまい。
そうこうしているうちに、またライブが始まった。

石橋さんとジャンニのあとに、ゆうゆうと入ってきたフランチェスコ。そのドラムは、まじでサーカスみたいだった。鼻歌うたうようにスネアを叩いていたかと思うと、勢いあまって後ろの壁やすぐそばのお客さんのテーブルまで叩き、そのままお客さんのグラスも叩き、ティッシュをハタハタ鳴らし、お客さんをうわーっと湧かせて、息を合わせてピアノとともにフィニッシュ!
英語の堪能な、イタリア人かどうかもわからない若い女の子たちといっしょになってはしゃいだ。ハー、楽しかった。
まだよく覚えている。あの地下のレストランの肌寒い空気、鍵をもらわなきゃ開かないトイレ、礼儀正しいのにやたらとフレンドリーなカターニャのお客さんたちの雰囲気。だんだんと忘れてしまうのだろうか?いるはずのない場所に、いるはずのない私がいて、日本から遠く離れた島でなぜかライブ見てる。すべての夜が奇跡のように美しい旅だった。別の世界、こことは違う世界の裏側へ突然落っこちてしまったようだった。そんなツアーも、もう終わってしまう。「ツアーが終わるのが怖い」とジャンニは言っていた。彼は明日、故郷のシシリー島・パレルモに戻って、そのまま休暇を取るらしい。つまり明日でお別れなのだ。

深夜に店を出て、ホテルへ戻った。サロと並んで歩いていると、「こ、この後どうする……?」的なことをサロが言っているようだ。前を行くジャンニと石橋さん、知らーん顔で早足になっていく。やつらめ、私とサロを結婚させようとしてるに違いない……!「あの、また明日ね」と言うと、サロ、「気が変わったの?」と悲しい顔に。どうしよう。

しかし、そのときである。通りの向こうで、一瞬、人々の騒ぐ声がした。それを聞きつけたサロ、腕まくりしたかと思うと、「ちょっくら行ってくる」。あっけなく路地裏へと消えてしまった。
「何あれ?」
「サロはコミュニストだから、ファシストと闘いに行っちゃったんだよ」
「ファシスト!?」
「そうそう。サロはいいやつなんだけど、政治のことになると熱くなっちゃうからなあ……」
ホテルに戻ったら、外からサロの呼ぶ声がした。「もう一軒のみにいかない?」的なことを言ってるらしい。ジャンニ、それを断って、「ドゥマーニ!(あしたね!)」と言って、バルコニーから煙草を投げて、彼にあげていた。
闘いはどうだったのかな? 勝ったのかな? よくわからなかった。

くたびれてしまって、せっかくのスイート・ルームもあんまり活用できなかった。お風呂に入って緋色の素敵なタオルで頭を拭いて、すぐに眠ってしまった。


●3月9日 カターニャ→ミラノ
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起きると、食卓に朝食が用意されていた。中にチョコクリームのぎっしり入ったクロワッサンや、コーヒー、オレンジジュース……。ファシストと闘いにいったはずのサロだったが、特に喧嘩の傷跡なども、疲れている様子もなく、朝ご飯を食べている私たちを頬杖ついて見つめていた。ほとんど英語を話さないはずの彼と石橋さんは、なぜか意思疎通ができているらしく、どうやっているのだか、非常に上手なやり方で話しこんでいた。

身支度をして、大通りから空港行きのバスに乗った。すっきりと晴れた空も、雪を戴いたエトナ山もあんまりきれいで、私はこのままカターニャにとどまってサロの嫁になり、レストランを切り盛りしていく人生もいいという気がした。サロが闘いに行って、刑務所に入ってしまったときには、ほっかむりをして署名運動をしたり、本や着替えを送ったりして支えるのだ……。
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(↑カターニャの私の夫♡とエトナ山)
ジャンニと石橋さんは後ろのほうの席に並んで座り、口には出さないながらも、もうすぐお別れという事実をその身にいっぱいにたたえているように見えた。
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空港でチェックイン。今度はスムーズに事が運び、石橋さん「I did it!」と笑顔になっていた。
ジャンニとサロと抱き合ってお別れをした。サロ、「日本人の奥さんができたといって友達に自慢するから、写真を撮らせて」と言う。いっしょに写真を撮った。ジャンニ、「七月に日本に行くよ。またツアーしようね」と言う。「サンキューフォーエブリシング」と言ったら、カッコつけのジャンニはフフンと口のはじで笑って目を伏せた。泣いてるんかな? 泣いてないか!
そして、空港のエスカレータを下って、行ってしまった。見えなくなるまでたくさん手を振った。

外で煙草を吸いながら、石橋さん、「いやだなあ、いやだなあ、こういうの」と怒ったようにつぶやいていた。まったく、たった二週間共にいただけなのに、ちょっとした家族みたいな間柄になってしまったのだ。
空港でおみやげを買ったりしてから、カターニャからミラノへ戻った。
飛行機の中で、今まであったことについてしゃべり、それから日本にいる友人たちの話をした。石橋さんの携帯のフォルダにあった、友人たちのアホな写真とか、もうこの世にいない友人のアホな写真など見ていたら、いろんな感情が入り混じり、また涙があふれて止まらなくなった。なんのお役にも立てなかったけど、最高の旅だと思えた。ジャンニちゃんたちが日本に来たら、たっぷりと親切のお礼参りをしてやらねばならない。

ミラノ、Linate空港からタクシーでホテルへ。
ミラノに一泊し、翌日、東京に帰るという予定になっていた。この日泊まったホテルは、日本にいるときに私が予約していった、かなり観光客向けっぽいところ。ホテルマンに案内されて部屋へ。
石橋さん、ライブがすべて終わってホッとしたのか、ベッドに寝そべり、「なんか落ち着くね〜」とグヒグヒ笑って、どんどん壊れて、変な冗談ばっかり言っていた!

シャビエとヴァレンティーナと、夕食をいっしょに食べる約束をしていた。
それまでの間、最後に街を散策。おみやげとかね、もっと買いたいような気がしたけど、なんか歩いてるだけで楽しくって、あんまり何も考えられない。
そうだ、イタリアの美味しいケーキをもうちょっと食べておこう、と思って、またお菓子屋さんに入って買い食いした。パイ生地がさくさくとしていて、たまらん、このうまさ!

時間にやや遅れ、Porta Veneziaという駅へ。
シャビエに、エチオピア料理のお店に連れてってもらった。
酸味のあるクレープを手でちぎって、肉や豆の煮込みを巻いて食べた。アフリカ産の赤ワインを飲みながら、いろんな話をした。

シャビエは私なんかよりも、いっぱい日本のことを知っていそうだった。山の中の温泉も、築地のお寿司も、鎌倉も、もちろん下北のライブハウスも、みんなみんな行ったことがあるんだって。福岡でのライブ後に、ひとりで地図を見ながら長崎の原爆資料館を見学に行ったこともあるらしい。彼は8月に東京に来るって言ってるけど、いったいどこを案内したらいいのだろう?

レストランを出たあと、シャビエは、車でぐるりとミラノの町を案内してくれた。ベネツィアにつながる大きな門とか、遺跡とか。ミラノにも、ローマ時代の遺跡やダヴィンチによる建造物などの、歴史的遺産がたくさんあるのに、市はそれを全然大事にしていないんだって。おかげでミラノの人の多くが、公園の片隅にあるそれが、ダヴィンチ作だということを知らないのだそうだ。

「シャビエは本当に物知りだねえ」と言ったら、彼はにっこり笑って、ひとこと。「自分の国の歴史を知らないのは、自分自身を知らないことと同じだ」。おそれいりました!

小さな路地にテーブルや椅子を出して、カフェやバーが夜遅くまで営業していた。その隣の通りにはミラノの美術大学があった。何度も行ったり来たりして、もうだいたいわかったような気がしていたミラノが、すごく華やかでオシャレな都会に見えた。やっぱ全然知らないと思った。そんで、また来たいと思った。
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●3月10日 ミラノ→東京

朝、10時にホテルの部屋を出る。
タクシーでミラノ中央駅へ行き、そこから、マルペンサ空港行きのバスに乗った。
あっけないほど簡単に空港に着き、チェックイン。免税店でお菓子とか酒とかちょっとだけ買った。

最後にイタリアっぽいことをしておこう、と言って、空港の中にあるアイスクリーム屋さんでジェラートを食べた。
私がピスタチオとクリームの組み合わせを注文したら、後ろに並んでいた老夫婦が
「おお……『ピスタッキオ・エ・クレーマ』……」
と歓声を上げた(本当です)。振り返ると、お爺さんのほうが満面の笑みで、
「その組み合わせは最高だよ!キミ、良くわかってる!」
と言いながら、「グッ!」と親指を出してくれた。
イタリア人に、アイスのチョイスを褒められるなんて、最高の気分だ。

ほんとうに、イタリアに来てよかった。

飛行機の中で「ダークナイト」と「バットマン・ビギンズ」を両方見て、やたらとバットマンに詳しくなって、東京に帰ってきた。
なぜか、チケットなど大事なものを入れていたポーチを飛行機でなくしたのだけれど、もう全行程終了していたし、そのときだけパスポートを別の場所に入れていたので、無事だった。すごい運の良さだと思った。じつはそこに入れていたipod nanoをなくしちゃったのだけれど、旅の期間の自分の、ダメダメさの代償を支払ったようでもあり、ちょっと凹んだけれど清々しい気分だった。

ダメな自分をたくさん発見した。もっとしっかりして、いつでも大事な人たちの力になれるようでいなくてはと思った。むずかしいが、今回出会った人たちは、みんなそのことがとても上手なように見えた。しかも、それぞれまったく違った形で。
それにしても、「イタリア行ったら、ピザ食べて、パスタ食べて、ジェラート食べて……」と夢を描いていたが、慣れないものってそうたくさんは食べられないものだ。成田エクスプレスに乗りながら、「帰ったらご飯とお味噌汁に、ほうれん草のおひたしとか食べて、後はお寿司……」と、食べ物のことばかり考えていた。

新宿駅に着いたとたんに開放的な気分になった。私はいきなり日常に舞い戻って、「そういえばさあ……」と、石橋さんに向かってべらべらとくだらないおしゃべりを始めた。
そのときである。
石橋さんがパターン!と前に倒れたのだ。まるで将棋のコマのようにまっすぐ前に、スローモーションかかったみたいに。
「ど、どうしたの!?だいじょうぶ?」「いや、だいじょぶ、だいじょぶ」
すぐに起き上がって、とくに怪我もなかったようだけれど、ビックリした。たぶん、私がいきなり日常全開でつまんない話をしたから、緊張の糸が切れて、どっと疲労がきてしまったのだ。ごめんね、許してね。でも、思い出すとハッとすると同時に、なぜだか笑いがこみ上げてきてしまう。そのくらい鮮やかな美しい転倒ぶりで、彼女はニッポンのせわしない新宿駅のムードを、一気に人間の生きている、豊かで雑多でめちゃくちゃで、ジャンニのよく言う「クレ〜イジー……」な世界に変えてしまったのだ。石橋さんはまことに可愛らしい人であり、素晴らしい才能の持ち主であり、最高の友人であります。いっしょに旅ができてうれしかったよー!♡

Gianni GebbiaとDaniele Camardaは7月に日本にやってきて、ツアーを行うそうです。Xabier IriondoとValentinaは8月末にくるとか。みんなきっといろんな場所でライブをすると思います。どんな夏になるのやら……。詳しくはこちら→http://www.eikoishibashi.com/やそれぞれのマイスペースなど参照のこと。

イタリア旅行記はこれで終わり。
長々読んでいただいてどうもありがとうございました。
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by chigirayuko | 2009-02-23 03:23 | 2009年イタリア日記
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千木良悠子の日記です。
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